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早稲田で読む・早稲田で飲む 第22回 牛込文化の暗闇にて 南陀楼綾繁

 今回のハナシはちょっと書きにくい。なにしろ、下半身にまつわるコトだからだ。

 早稲田駅から早稲田通りを神楽坂方面に歩くと、牛込天神町のあたりで、いったん突き当たって右に折れる。その突き当たりに、〈牛込文化〉という小さな映画館があった。「文化」と名前につくものの、上映するのはポルノ映画で、「にっかつロマンポルノ」が中心だった。

 ぼくは大学一年のとき、ココに4、5回(いや、もっと多かったかな)行ったことがある。たぶん、『ぴあ』の映画欄で存在を知ったのだと思う。
上京して最初に住んだのは、西荻窪の四畳半の下宿で、テレビもビデオもなかった。彼女なんているハズもない、風俗に行くカネもない(持っていても行くことはなかっただろうが)18歳の健全な欲望を満たしてくれるのは、ポルノ映画館ぐらいしかナカッタのだ。

 田舎にいたときには、そんな映画を見に行く勇気もなく、アダルトビデオも見たことがなかったが、にっかつロマンポルノのことはよく知っていた。本屋で『映画の友』(近代映画社)という雑誌を買っていたからだ。これは、『スクリーン』などの版元が出していた雑誌で、誌名は淀川長治が編集長をしていた有名な映画雑誌を引き継いだ(たぶん)ものの、中身はポルノ映画を紹介する雑誌、もっとはっきり云えば、ポルノ映画のスチールを中心に構成するエロ雑誌にほかならなかった。田舎の本屋では高校生がエロ本なんて買えなかったから、当時のぼくにとってこの雑誌は最大のエロ供給装置だった。もちろん、買った雑誌は二階の押入れに隠していた。

 その『映画の友』には、にっかつロマンポルノの女優が毎号登場していた。いま思えば、ぼくが高校生になった時期は、ポルノ女優の流れが大きく変わった時期だった。それ以前のスターは、畑中葉子、関根恵子、風祭ゆき、それに……五月みどりら、色気のある女性ではあるが、高校生の目にはオバサンにしか見えなかった。しかし、美保純が登場した頃から、「フツーの女の子だけど、かなりエッチ(古いな)」みたいなキャラが主流になっていく。「にっかつロマンポルノの世界」(http://nikatu.site.ne.jp/index2.html)というサイトの充実したデータベースから名前を拾えば、可愛かずみ(のちに自殺した)、山本奈津子、小田かおる、青木琴美、北原ちあき、井上麻衣(ちょっと山口百恵似だった)、滝川真子らが、ロリータ系(つっても、いま写真を見ると、みんなもっさりしてるが)のアイドルだった。ぼくが好きだったのは、木築沙絵子というスレンダーな子で、SMっぽい作品が多かったが、演技力があったらしくときどき一般映画にも
出ていた。

 で、紙媒体でしか見ていなかった彼女たちの動いているところを見たい! というコトで、上京してからスグに牛込文化におそるおそる行ったわけだ。ココは新作ではなくて、旧作を三本立てでやっていた。いまとなっては、どんな建物だったかさえもまったく覚えてないが、入ったら上映中で、スクリーンに大写しになった山本奈津子を見てコーフンした記憶は鮮明にある。たぶんその映画は、『エースをねらえ!』を徹底的にパロった《宇能鴻一郎の濡れて打つ》で、監督は金子修介だった。あとになってこの時期のロマンポルノには、1980年代後半から90年代にかけて、日本映画界をしょって立つ人材(滝田洋二郎、森田芳光、中原俊、相米慎二、崔洋一、広木隆一など。にっかつではないが、周防正行や黒沢清もピンク映画出身)がいたコトを知るが、そのときはストーリーなんてアタマに入るわけはない。とにかく、三本とも「からみ」のシーン(いま考えるとおとなしいものだが)を凝視して、観おわるとその映像が目に焼きついているウチに、下宿へと急いだ。

 牛込文化の暗闇には、けっして多くはなかったが、寂しい男たちが集まっていた。トイレに行ったら、同じぐらいの年の男と目が合って間が悪い思いをしたこともあった。その翌年、ぼくはテレビとビデオを買い、アダルトビデオも借りるようになり、わざわざポルノ映画館に行く必要はなくなった。1988年には、にっかつはロマンポルノの制作をやめる。気がつけば、牛込文化はひっそりと閉館していた。

 そして、1990年代の後半になり、『ぴあ』がポルノ映画館の情報を載せなくなった頃になって、ぼくはポルノ映画館通いを再開する。その〈亀有名画座〉では、閉館の1999年2月までに何度か行った。そこで今度はちゃんとストーリーを目で追いながら観たにっかつロマンポルノは、どれもちゃんとした「映画」で、けっこうオモシロかった。

【後記】
 今回の文章を書くために、西武の古本市で『映画の友』1985年3月号を見つけて買った(800円もした)。表紙写真は堀江しのぶ(!)。中を開くと、写真からキャッチコピー、リード、広告、「稲川淳二の入れ込み対談」にいたるまで、記憶力に自信のないぼくにしてはかなり覚えている。エロの力はスゴイ、と感じ入った。

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プロフィール
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)
1967年、出雲市生。1986-90年、早稲田大学第一文学部に在学。現在、ライター・編集者。著書に『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、編著に「チェコのマッチラベル」(ピエブックス)がある。

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ナンダロウアヤシゲな日々  http://d.hatena.ne.jp/kawasusu
by sedoro | 2005-11-22 12:10 | 早稲田で読む・早稲田で飲む
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