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男のまんが道 第6回 昭和の男の顔~あすなひろし『哀しい人々』  荻原魚雷

 あすなひろし(一九四一年~二〇〇一年)は、いわゆる「漫画家がほれる漫画家」である。すごく売れた作品はないが、ものすごく愛される作品をいくつも残した。
 で、今回紹介するのは『哀しい人々』(全三巻、朝日ソノラマ)という短篇マンガ集。

 「とても、心さびしく」という話は、会社がつぶれ、女房子どもに逃げられて首をつろうとしているしょぼくれたおっさんを助けたある男が、そのおっさんのなけなしの金で馬券を買わせ、万馬券を当てる。男はその金でバーに飲みにいき、おっさんが酔っぱらっているあいだに金を持ち逃げ、店で知り合った素性のわからない女とねんごろになり、「これだけ金があればダンプが買えるぜ。おれまじめに働くぜ」と告白する。
 ところが、女のところにヤクザ風の男がのりこんできて、ボコボコにされ、あり金すべてとられてしまう。
 このときの男のせりふがたまらない。
「……ということか結局。」

 この短編集におさめられた作品はほとんど救いのない話ばかりである。みんなだめ、みんな不幸。しかし、美しい。まさに哀切。
 あすなひろしの絵の力も大きいけど、それだけではない。
 登場人物がことごとく名役者なのだ。せりふから顔の角度まですべて計算しつくされた静かな演技を見ているかのようだ。
 主役格の男は、面長でまゆが濃くほりの深い、やや三島由紀夫似の顔である。体格もいい。そして、あるときは刑事、あるときは結婚詐欺師、あるときはトラックの運転手、サラリーマン、老人、野球選手……と、さまざまな職業、年齢、設定を演じ、ときに脇役にまわることもある。
 絵のきれいなマンガ家はたくさんいるが、これほど渋い演技をするキャラクターを描けるマンガ家はいない。
 あすなひろしは、人並に生きられぬ「哀しい人々」をすこし距離をおいてそっと見まもるように描く。
 ほんとうは少女漫画家としてのほうが有名なのかもしれないが、わたしは大人の男(おっさん)の出てくるあすな作品が大好きだ。
 あすなひろしの漫画を読んでいておもうのは、「昭和の男って大人びてたなあ」ということである。
 今の三〇代と昔の三〇代の男のちがいはなんなのか?
 表題作の「哀しい人々」という作品の信さんは、三十三歳だが、屋台でコップ酒を飲む姿が様になっている。どう見ても、三十三歳には見えない。
 で、あるとき信さんの妹の洋子が、婚約者を家にまねこうとすると、「そんな勝手な真似はさせねえ!」と座卓をドンと叩く。
 信さんと親しいおまわりさんいわく、「男っぷりも頭もいいし、学問さえあれば相当な人物になってただろうに、惜しいよなあ………」。
 若くして両親をなくした信さんは、ロクに中学も出ずに妹のために働く。仕事をするために早く大人にならなければならなかった。大人にまざって働くとなると、子供っぽいことは何の役にも立たない。
 昔の男にとっては、若々しさよりも大人っぽさのほうがものをいった。齢よりもおさなく見えることは情けないことだった。
 だが、ある時期を境に「オヤジくさい」のはよくないことになった。おっさんは罵倒語になった。
 『哀しい人々』所収の作品は一九七一年~七九年にわたって発表されている。
 八〇年代になると、あすなひろしの執筆ペースはぐっと落ち、一九八三年の
『白い記憶』(朝日ソノラマ)を最後に単行本が出なくなる(愛蔵版、アンソロジーをのぞく)。
 一九八三年といえば、新人類、おたく(族)が登場しはじめたころである。

 世の中が豊かになって、苦労人の男はドラマの主役をはれなくなってしまった。……ということか結局。

(追記)
 『哀しい人々』は今ちょっと入手難のマンガ(というか、あすなひろしの単行本はいずれもそう)なのだが、その中の「童話ソクラテスの殺人」「亭主泥棒」「けさらんぱさらん」「かわいいおんな」「ラメのスウちゃん」「幻のローズマリィ」は昨年刊行された『いつも春のよう』(エンターブレイン)におさめられている。とくに「ラメのスウちゃん」は鳥肌が立つくらいの傑作。ぜひ読んでほしい。 あとさくら出版(漫画原稿流出事件で有名になった出版社)から『愛蔵版 家族日誌 哀しい人々 1』という本も出たが、会社倒産のため、続刊は出ていない。

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プロフィール
荻原魚雷(おぎはら・ぎょらい)
1969年三重生まれ。フリーライター。著書に『借家と古本』(スムース文庫)、
編著に『吉行淳之介エッセイ・コレクション』(ちくま文庫)がある。
今月から晶文社ワンダーランド(http://www.shobunsha.co.jp/)でエッセイの連載
をはじめました。
by sedoro | 2006-01-22 17:43 | 男のまんが道
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