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男のまんが道 第7回 なつかしき「良か男」たち~長谷川法世『博多っ子純情』 荻原魚雷

「一人前になるということを、例えば会社に行ったり、ネクタイをしめたりという単位で持つ人もいると思うけど、博多の人間というのは、やはり山笠を舁いて一人前になるという意識があるんです」(どんたく恋し/長谷川法世『博多っ子事情』集英社文庫)

 長谷川法世の『博多っ子純情』(全三十四巻・双葉社)は、祭り漫画の、いや青春漫画の最高傑作である。ちなみに中央公論社から出ている愛蔵版は第一期のみ(続刊は出ていないので、あまりおすすめしない)。現在、西日本新聞社が復刻版を刊行中、こちらは最終刊までちゃんと出る予定だという。
 この作品の主人公は郷六平。連載当初は十四歳。猛スピードの山車についてゆけず、ふりきられてしまう。

「七五〇キロ
 六人の台上がりを乗せて約一トンの
 山笠が
 男達の意地と
 度胸で走りよります」

 「オッショイ!!」という掛け声と共に命がけで疾走する男たち。父と子も力をふりしぼって走る。

 翌年の山笠では、父(博多人形師)の背中を見ながら走っていた六平が、いつしか「道端にぺったァとのびてしもうた父ちゃんば横目にして走り続けたとでした」というまでに成長する。
 このとき六平、十五歳。祭りを通して、子どもが父に追いつき、追いこしてゆく。山笠という祭りは、世代交代を目に見える形で知らしめる。
 でもそうはいってもまだ六平は思春期の子どもだ。頭の中は「コペルニクス的転回」(コペ転=初体験)のことでいっぱいで、祭りと祭りのあいだの季節には、恋や性欲や友情や進路に悩みつづける。アニキのように慕っていた穴見さんが事故死、その穴見さんと駆け落ちした隣の姉ちゃんに恋心を抱く六平。その六平のことが好きな小柳類子。阿佐道夫、黒木真澄といった親友たち……。
 登場人物それぞれの日常のドラマが重なりあって、物語はすすんでゆく。

 高校生になった六平。祭りの季節になると、「くそ~山笠ン時に勉強させてから」と早弁し、悪友たちと学校を抜け出す。隣の姉ちゃんが死んだ穴見とのあいだに生まれた子どもを連れてきて、その子を「山笠の台にちょっと上げて貰えない?」と六平に頼む。姉ちゃんはすでに再婚していて、現在の夫もそばにいる。
 その夫は穴見さんのことを「聞きゃ聞くほどけば良か男ですき こいつが大きゅうなったら本当の事ばちゃんと教えます」という。
 それを聞いた六平、「この人も良か男たい」と心の中でつぶやく。
 悲しみが、祭りによって癒されてゆく。

 山笠は男の祭りである。「女性蔑視ね」と批判する同じクラスの優等生野枝由宇穂にたいし、「山笠は女が見よるけん 男が夢中で頑張るとたい」
「女がかげにまわって加勢するけん走るとたい!」と六平は反論--。

 また他校の生徒に山笠のふんどしを「野蛮」で「アナクロ」だと批判されたときも、「ばかたれが! 教会に祭っちゃるキリストはあれはふんどしば腰に巻いとるやないか!」「アナクロ アナクロていうてからのもんばやるとがおかしかごというとるが ならお前が学校でしよる勉強はなんか!? 昔からのもんやなかとか!?」と六平節がさくれつ。

 そして「相撲しよう!! 喧嘩のかわりたい!!」と勝負をいどむ。
 このときの六平の啖呵がすごい。
「男がなんかもの言うとァ体ば張るもんぜ」「福岡部出身の来島恒喜も体ば張った! 中野正剛も体ば張った! お前はどうや!?」

 作者の長谷川法世は、理屈を超越したものとして山笠を描く。
 ひとりひとりの輪郭は消え、祭りの中に溶け込んでゆく。祭りそのものがひとつの生命体であるかのようだ。

 祭りときくだけで血がさわぐ男がいる。そして男には、集団、あるいは統制された中で発する美があり、その美しい群れには理屈で否定できない強さがある。人の心のどこかにそういうものを肯定したいとする気持が眠っているのかもしれない。祭りの陶酔感は抗いがたい。だから祭りを批判する言葉は「しぇからしかー」(うるさい)の一言で粉々になってしまう。
 宗教より、もっと古くからあるような感情に、たかだか二、三年くらいひとりの人間がかんがた言葉は通用しない。でもその一方、むしろ郷六平のような「良か男」は絶滅の危機にある。男と女の関係はかわってゆく。
 そんなことをかんがえていたら、祭りのあとのような寂しい気持になった。
 なんど読んでも深い漫画だなあとおもう。

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プロフィール
荻原魚雷(おぎはら・ぎょらい)
1969年三重生まれ。フリーライター。著書に『借家と古本』(スムース文庫)、
編著に『吉行淳之介エッセイ・コレクション』(ちくま文庫)がある。
今月から晶文社ワンダーランド(http://www.shobunsha.co.jp/)でエッセイの連載
をはじめました。
by sedoro | 2006-01-25 13:27 | 男のまんが道
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