知っている人も多いだろうが、一般的に、大阪の繁華街には大きく二つの
エリアに分類されている。そう、いわゆる「ミナミ」と「キタ」というやつ だ。「ミナミ」は現在の我々が「関西人」と聞いて、真っ先に思い浮かべる 泥臭いイメージの集積地のような場所。吉本興業、たこやき、身も蓋もない 実用主義、「他にくらべりゃ外国同然」等々。対して「キタ」は、中央公会堂、 阪急文化、モダニズムといった「都市文化」に代表されるような、洗練された イメージを幻視したくなるような場所。つまり、全くの正反対。今も言った ように、「大阪」の活気があってにぎやかなイメージを担っているのは、 「ミナミ」である。しかし、本好きにとって重要なのはどちらか。異論がある 人もいると思うけれど、それは「キタ」だと思う。古本では、かっぱ横丁、 天神橋筋商店街、梅田第三ビルの地下街、OMMビルで開かれる年に一度の 大古書市、新刊書店では大阪一の広さと品揃えを誇るジュンク堂梅田本店 (本好きには「編集工房ノア」のコーナーも有名)、そして写真集や美術書、 個性的なミニコミが揃うギャラリー・calo。では「キタ」の安定した「本エリ ア」振りと比べて、「ミナミ」はどうかというと‥‥あまり言いたくないけれ ど、はっきりいって散漫な印象を拭い得ない(笑いの殿堂・NGKの向かいにある、 ジュンク堂なんば店の「大阪コーナー」は、貫禄があって凄く良いが)。 けれど、アメリカ村、堀江、船場など、どちらかと言えば若者の街「ミナミ」 に、ここ数年、伝統的な「キタ」とは違う色を持った古本屋が根付きはじめている。 ■前田 僕にとって「ミナミ」は、家から電車に揺られること数分、あるいは 自転車でも楽勝で行ける場所なんだけど、北村さんは今日「ミナミ」を歩いて みてどうでしたか? ▲北村 まず、「キタ」とは、人の顔からして、ぜんぜん違う。ほんと、青木 雄二の漫画みたいな人が、普通に歩いているから。建物も、どれも、建て増し 建て増しで、雑多で、無国籍な感じの街並みになっている。でも、そういうビル の片隅に、服屋、レコード屋、雑貨屋、カフェと、個性的で良い店が揃っている のが、すごく面白い。 ■前田 今日はチンキタ的に「今のミナミ」を代表する古本屋に二軒行ったわけ ですけど、一軒目はもう凄く名前が通ってる店で。 ▲北村 ベルリンブックス(http://www013.upp.so-net.ne.jp/BerlinBooks/)な。 ■前田 そう。小奇麗でクラシックな「農林会館」ってビルの一室。他には服屋 とかミリタリーショップ、雑貨屋、敷居の高そうな美容室が入ってます。ベルリ ンブックスは関西では情報誌を中心にたくさん紹介されていて有名ですよね。 総合的にみて、今、関西で一番良い雑誌「エルマガジン」の表紙も飾りました し。けど、なんていうのかな、未だに「オシャレ古本屋」みたいな感じで紹介 されてるけど、もはや古本屋として定着してますよね。 ▲北村 今日は土曜日やったからかも知れんけど、狭い店の中が若者でいっぱい やったな。 ■前田 ゆっくり見れなかった程ね(笑)。疲れていつもより早く出ちゃいましたよ。 ▲北村 そんなこと言いつつ、お前は面白そうな本買ってたやんか!しかも100円で!! ■前田 そんなデカイ声出さなくても。『秘宝館の女 都築響一 VS. 唐沢俊一』 (トランスギャラリー)と唐沢俊一『ジャック・チックの妖しい世界』(東京文化 研究所)。どっちもミニコミっていうかパンフレットっていうか、そんなに古い ものじゃないからこそあんまり見つからないタイプの本ですね。 ▲北村 どっちも唐沢俊一が関係してるな。 ■前田 同じ持ち主が売ったんでしょうね。一冊目は個人的には「持ってるだけ で満足」系の本でした、あと、二人の対談がないのがもったいない。二冊目は キリスト教原理主義の主張を全面展開したマンガを描いてる、ジャック・チック というカルト作家をおもしろおかしく(時には現在の日本の状況や国際政治を 語りつつ)紹介した本。これはおもしろかった!唐沢俊一は「トリビア」関係の こととか「おたく論」とか「と学会」とかの仕事はどうでもいいから、「変な洋 モノ」の紹介をもっとやってほしいと痛感しました。アート・アニメとかをこの 人がちゃんと語ったら絶対面白いですよ。北村さんも何か買ってましたよね。 ▲北村 常盤新平編・訳「ニューヨーカー・ノンフィクション」(新書館)を 500円で。常盤新平の本は、無条件に買うことにしてるけど、この本は、毎年、 同じ表紙で出されるニューヨーカーの創刊記念号を並べた装丁がかわいくて、 それだけで買い。ベルリンブックスは、100円、200円の本は、まず無いけど、 良い本が、良い状態で、適正価格で揃っているな。 ■前田 あれ、一冊だけでしたっけ? そっか、北村さんがいっぱい買ってた のは、次に行った一色文庫だ。 ▲北村 小林信彦「回想の江戸川乱歩」(文春文庫)。あと、均一台から、山口 瞳・赤木駿介「日本競馬論序説」(新潮文庫)、横田順弥「明治不可思議堂」 (ちくま文庫)、中島らも「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」(PHP研究所)を 拾いました。なんと言っても、「回想の江戸川乱歩」が嬉しい。やっぱり、 この表紙が良いよ。光文社版を買わずに、探した甲斐があった。あと、「僕に 踏まれた町と僕が踏まれた町」は、神戸に住む者としては、外せない本。 ■前田 バイトの帰り道にたまたま見つけた店なんですけど、僕、一色文庫は 凄く好きなんですよ。まず、ロケーションが最高。日本橋にある国立文楽劇場 の裏道に入っていくと、軒の低い家々から伸び出た乱雑な電線郡に空が覆われ てて、橋を渡ると、「イイ顔」の赤ら顔オヤジ、着物をきたおばちゃん、濃い 化粧のヤンキー系お姉ちゃんといったトラッドな水商売系の人たちが行き来し てる。もちろん多言語が飛び交ってます。たぶん織田作之助が描いた大阪の 空気はこんな感じじゃなかったのかな、とさえ思ったり。繁華街にあるのに、 寂れてるわけじゃなく妙に静かで、それが生活感を醸し出してる。 ▲北村 けどそんな場所にも関わらず、一色文庫自体の見た目とか内装は凄く 洒落てたよな。空間を広く使えるような大きさの本棚とか、長時間本を見ても 疲れないようにレイアウトされてると思う。椅子まであったしね(笑)。だか らと言って品揃えは大したことないっていうとそんなことは全然なくて、どう いうお客さんが来るのかよくわかってる感じはしたな。 ■前田 ベルリンブックスもそうですけど、値段とか本の状態がブックオフ とかの新古書店以降っていう感じは凄くしますね。無茶苦茶珍しい本がある わけじゃないけど、読みたいと思う本はあって、値段も割と安い、っていう。 100円・300円コーナーを除くと、ブックオフってだいたい定価の半額で本を 売ってますよね。そういうところが似てる。違うところは本の種類が雑多 じゃなくちゃんと傾向がある。服屋でいうと、ブックオフがフリーマーケット でベルリンブックスは面白い古着屋って感じ。 ▲北村 そうやな。一色文庫は、文芸、美術、建築、写真、旅行など、棚を、 きっちりジャンル分けしてあるし、値付けは、ほぼ、定価の半額。中でも、 文芸書は、作家名あいうえお順に並べてある。これは、すごい新古書店的で、 面白みが無いようにも思えるけど、見やすいさ、買いやすさで言えば、やっぱ り、従来の古本屋よりも優れてる。 ■前田 あと、カジュアルでお洒落にレイアウトされた空間の古本屋っていう 意味では、大阪ではベルリンブックスやちょちょぼっこ以降ですね。さっきも 言いましたけど「オシャレスポット」として一時的に消費されるんじゃなく、 ああいうスタイルが根付いて来てるって側面も絶対あると思いますよ。「服屋 みてレコード屋でいろいろ試聴してコーヒー飲んで帰る」みたいな、若者の街 散歩コースにいよいよ古本屋も入ってきたのかもしれないですね。 ▲北村 だから、本として、珍しいとか珍しくないとか、高いとか安いとかは、 あまり、関係が無いのかも。ベルリンブックスがセレクトした古本を買うとい う行為に意味がある。 ■前田 だからこそ、新古書店的な値段、価値基準が必要なんだろうし。信じ られないけど、一般的に若者はいわゆる「古本屋」にはいろんな意味で敷居が 高いくて入りにくいですよ、彼らにとって感覚的に馴染みのある古本屋って、 そりゃブックオフでしょう。 ▲北村 本好き、古本好きにとって、ブックオフは、あまり肯定的には語られ ないけど、ブックオフが、古本を再び身近なものにしたことも確か。そういう 意味でもベルリンブックスや一色文庫で知ったような作家やジャンルのセンス を、もう一回、ブックオフに持ち帰って、それで古本道に迷い込むケースも、 これからは出てくると思う。 ■前田 僕はそうなったら本当に面白いと思ってます。なんだかんだ言って 「ミナミ」は若者の街だから、「キタ」の安定感とは違う、そういう新世代の 本好きも育つ、独自の本エリアを形成していってほしいですね。 メルマガ購読はこちらから http://www.mag2.com/m/0000106202.html ※感想はコメント欄へ。ただし返答はしておりません。ご了承ください。 ------------------------------------- プロフィール 前田和彦(まえだ・かずひこ) 1981年大阪生まれ。『BOOKISH』編集委員を経て求職中。 小さくてすぐ興奮する様から犬の「狆(ちん)」を連想させるために 「大阪の狆」の異名を持つ(南陀楼綾繁氏命名)。 狆についてはこちら。http://www.dogfan.jp/zukan/japanese/chin/ 北村知之(きたむら・ともゆき) 1980年神戸生まれ、神戸在住、絶賛求職中の25歳、ダラダラとアルバイト しながら本を読む日々、ハローワークと古本屋通いが日課。好きな作家は 山口瞳、野呂邦暢、藤沢周平。 ブログ日記「エエジャナイカ」http://d.hatena.ne.jp/akaheru/
by sedoro
| 2006-01-25 13:54
| チンキタ本バカ道中記
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