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男のまんが道 第8回 不死身の男の運命~ちばてつや『紫電改のタカ』 荻原魚雷

 日本の敗色が濃厚になっていた昭和二十年四月、ちばてつやは満州奉天の鉄西小学校に入学する。が、空襲でほとんど学校には通えず、家にこもっていつも絵を描いていた。父が印刷工場に勤めていたので紙だけは困らなかったという。

「描くものは飛行機が多かった。というのはちょうどそのころ、父がどこかの飛行場へ連れて行ってくれて、ゼロ戦の実物を見せてくれたのである。 空を飛ぶ姿しか見たことのない飛行機を、目の辺りに見る感激は大きかった。ことに車輪が想像していたよりもはるかに大きかったので、声も出ないほど驚いた。ジェラルミンの胴体は初夏の日を浴びて、さわると温かかった」(『ちばてつや自伝 みんみん蝉の唄』スコラ/昭和五十六年七月発行)

 このときの感激が、後年ちばてつやに“戦記傑作”『紫電改のタカ』(講談社漫画文庫全四巻ほか)を描かせたのかどうかはわからない。本人としてはやや納得のいかない作品だったようだ。

 「紫電改」は、日本海軍の戦闘機である。当時の海軍の主力機は「ゼロ戦」が有名だが、「紫電改」は「紫電」という戦闘機の改良型。「ゼロ戦」より高速で機体も大きかった。
 ちなみに『機動戦士ガンダム』のカイ・シデンの名は「紫電改」からきている。アムロ・レイは「零戦」、リュウ・ホセイは「流星」(艦上攻撃機)、ハヤト・コバヤシは「隼」(はやぶさ=陸軍の名戦闘機)だろう。たぶん。

『紫電改のタカ』は、「少年マガジン」に昭和三十八年七月から昭和四十年一月まで連載された。

「‥‥この物語は昭和十九年夏 台湾南部にある高雄基地からはじまる」
「高雄基地 そこには名機紫電で編成された七〇一飛行隊があった」

 主人公の滝城太郎一飛曹は、「紫電」をさっそうとあやつり「逆タカ戦法」でアメリカの戦闘機を次々撃墜させる活躍をみせる。
 滝は向こう見ずでとても正義感が強い日本男児だ。理不尽なことをいう憲兵をなぐりとばし、ときには上官の命令にさからって単独行動することもある。
 かとおもえば、敵兵にかこまれ、絶体絶命の窮地になると、あっさり降伏し、いったん捕虜になって脱出をはかるといったかしこさも持ちあわせている。
 いかにも少年マンガの主人公らしいヒーローだ。

 でも一飛行兵が憲兵をなぐったり、上官にさからえば、ただではすまないことは容易に想像がつく。いつもおもうことだが、少年マンガのヒーローの「男らしさ」は、なかなか現実には通用しない。
 それを通用させるには現実ばなれした不死身さが必要となる。

 物語後半、滝は閉鎖した兵器工場で秘密の特訓をするシーンが出てくる。
 その特訓とは一分間に三百回転(!)する座席にすわって、機銃で的を射ぬくというもの。さらに崖からトロッコで猛スピードで疾走する特訓中、滝のことを好ましくおもっていないライバルにレールを外され岩に激突。トロッコは粉々にくだけちる。
 このくらいのことで命を落としていてはヒーローはつとまらない。
「信じられん‥‥あんなにめちゃめちゃにたたきつけられたのに‥‥」
「ふふふ おれがなんのために訓練してきたと思うんだ見くびらないでほしいな」

 この事故で深傷を負った滝は、気がつくと重爆撃機に乗せられ、いつの間にかケガが治り、突然「おりなさいっ 命令です」と空中から山中に突き落とされる。
 そこにはいきなり後ろから大きなマサカリを投げつけてくる(!!)謎の老人がいて、滝はさらなる修業をつむことになる。
 そんな様々な試練をのりこえ、滝はますますたくましく成長してゆく。滝のような操縦士があと百人くらいいれば、日本はアメリカに勝てたかもしれない。

 しかし戦争末期の日本は、操縦士の養成が間にあわず、世界水準から見ても優秀といわれたゼロ戦をはじめとする戦闘機は宝の持ち腐れ状態だった。日本の戦闘機は装甲が薄く、とても燃えやすかった。そのため熟練パイロットが次々と命を落とした。いかに高性能のマシンがあったとしても、若葉マークの運転手では話にならない。

 祖国防衛のために命がけで戦っていた滝も「いったいなんのためにこうして人間どうしが殺し合わなければならないんだ?」と悩みはじめ、苛烈な軍国主義批判を口にするようになる。
 やがて日本の必敗をさとった滝は、「そうだ!」「○○の○○になろう」と将来の夢を語る。

 ラストはとてもかなしい。

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プロフィール
荻原魚雷(おぎはら・ぎょらい)
1969年三重生まれ。フリーライター。著書に『借家と古本』(スムース文庫)、
編著に『吉行淳之介エッセイ・コレクション』(ちくま文庫)がある。
今月から晶文社ワンダーランド(http://www.shobunsha.co.jp/)でエッセイの連載
をはじめました。
by sedoro | 2006-01-26 14:09 | 男のまんが道
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