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古本バイト道 ーこんなアタシに誰がしたー 第20回 古文書の幸せ 濱野奈美子

 前回の「古本バイト道」が掲載されたメルマガが配信された頃、私は古書会館におりました。もちろんまたバイトです。でもですね、長年古書業界でバイト してきましたが、今回のバイトは今までやったことのない仕事だったんです。妙に新鮮だったので、今回はそのお話です。

 7月の8、9日は明治古典会の七夕古書大入札会の下見会、10日は入札会でした。今までいろんな「会」の大市のお手伝いをしてきましたが、なぜか明治 古典会だけはやったことがなかったんです。いや、目録を作るのを手伝ったりしたことはあるんですけど、当日行ったことはありませんでした。下見会に客 (もちろん素見)として行ったことはありますが。
 明治古典会の七夕の下見に行かれたことのある読者の方はいらっしゃるでしょうか? これはいつもの展覧会とはぜんぜん雰囲気が違いますよ。まず、ク ロークにいらっしゃる人の服装が違います。白いブラウスと黒いタイトスカートで、「いらっしゃいませ」と優雅に迎えてくださる。明治古典会の会員さんや 経営員もみんなスーツ着ちゃってます。以前、東京古典会の大市に私がゆるーい服装で出かけて行って怒られた話を書いたことがありましたが、明治古典会や東京古典会の大市っていうのは、そういう“ハレ”な感じなんです。展示品もみんな高価そうだし(今年の目玉は「五箇条の御誓文起草稿巻」でした)。

 さて、そんな華々しい七夕市で私はどこにいたかというと、地下です。地下? いつもの展覧会と一緒じゃん。ノンノン。一緒じゃないんですよ。だって、 私はここで3日間ひたすらお茶をくんでいたのですから。ウェイトレスですよ、メイドの格好をして・・・・・今、怖い想像しちゃいましたか?
 まぁね、秋葉原も近いことですし、メイドドレスを調達してくるぐらいワケないんでしょうけど、そこまで体張ったネタができるほど笑いに命かけてないんで、メイドはウソです、もちろん。
 でも、お茶くみは本当です。下見会の間、地下がどうなっていたのかというと、商談室兼休憩室だったのでした。下見会っていうのは一般のお客さんも見に 来られるわけです、見に来て、「あ、あれ欲しい」と思っても、お客さんは直接入札することはできません。入札は本屋さんしかできないんです。ですから、 お客さんは馴染みの本屋さん、もしくはその辺にいる本屋さんを捕まえて、入札価格の相談をするわけです。そのための場が地下に設けられていたのでした。 私はそこでお客様にお茶をお出しする係です。

 そうはいってもですね、そんなたいしたモノは出ては来ないんですよ。カウンターにペットボトル並べて置いて、そっから紙コップに注ぐだけなので。ウーロン茶「煌」、午後の紅茶ミルクティー、ドトールのアイスコーヒー(無糖)、バヤリースオレンジ、DAKARA、南アルプスの天然水…などなど、ドリンクの種類だけは異常に豊富でしたし、氷も一応入りますけど。あと、ホットコーヒーはユニマットの豆を使ってミネラルウォーターで入れていたので、入れたてはなかなかおいしかったです。ホットコーヒーばっかりがヘンに出ていたのは、コーヒーがおいしかったからなのか、館内の冷房が利きすぎてたのか、今と なっては確かめようがありませんが。
 そんな商談室でした。でも、地下って意外と音が響くので、密談には向かないような気が…とちょっとドキドキしてみたり。

 10日の入札会の最終開札は地下で行われました。この日も私は開札を待つ本屋さんたちのためにせっせとお茶くみ。お昼にステーキ弁当を食べて、最終開札が終わってからサンドイッチをつまんで、ついに一度も「五箇条の御誓文起草稿巻」を見ることもなく、私の3日間は終わったのでした。その「五箇条の御誓文起草稿巻」ですが、なんかとんでもない値段で落札されていた気が…。同じ古書会館内とはいえ、私と「五箇条の御誓文起草稿巻」とでは、まったく別の濃さの3日間を過ごしていたのでしょう。福井県立図書館で幸せになってもらいたいものです。と、そんな古文書の幸せ願うくらいなら、自分の明日の生活をなんとかしろっ! 
なんてセルフつっこみを入れる今日この頃です。

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プロフィール
濱野奈美子(はまの・なみこ)
フリーライター。長い古本バイト経験を生かして『アミューズ』の古本特集や
『古本 神田神保町ガイド』(共に毎日新聞社)などで活躍する。本業のライ
ターでは古本だけではなく、サッカー、食べ物なども。なんでも来い。
# by sedoro | 2006-01-25 13:31 | 古本バイト道

男のまんが道 第7回 なつかしき「良か男」たち~長谷川法世『博多っ子純情』 荻原魚雷

「一人前になるということを、例えば会社に行ったり、ネクタイをしめたりという単位で持つ人もいると思うけど、博多の人間というのは、やはり山笠を舁いて一人前になるという意識があるんです」(どんたく恋し/長谷川法世『博多っ子事情』集英社文庫)

 長谷川法世の『博多っ子純情』(全三十四巻・双葉社)は、祭り漫画の、いや青春漫画の最高傑作である。ちなみに中央公論社から出ている愛蔵版は第一期のみ(続刊は出ていないので、あまりおすすめしない)。現在、西日本新聞社が復刻版を刊行中、こちらは最終刊までちゃんと出る予定だという。
 この作品の主人公は郷六平。連載当初は十四歳。猛スピードの山車についてゆけず、ふりきられてしまう。

「七五〇キロ
 六人の台上がりを乗せて約一トンの
 山笠が
 男達の意地と
 度胸で走りよります」

 「オッショイ!!」という掛け声と共に命がけで疾走する男たち。父と子も力をふりしぼって走る。

 翌年の山笠では、父(博多人形師)の背中を見ながら走っていた六平が、いつしか「道端にぺったァとのびてしもうた父ちゃんば横目にして走り続けたとでした」というまでに成長する。
 このとき六平、十五歳。祭りを通して、子どもが父に追いつき、追いこしてゆく。山笠という祭りは、世代交代を目に見える形で知らしめる。
 でもそうはいってもまだ六平は思春期の子どもだ。頭の中は「コペルニクス的転回」(コペ転=初体験)のことでいっぱいで、祭りと祭りのあいだの季節には、恋や性欲や友情や進路に悩みつづける。アニキのように慕っていた穴見さんが事故死、その穴見さんと駆け落ちした隣の姉ちゃんに恋心を抱く六平。その六平のことが好きな小柳類子。阿佐道夫、黒木真澄といった親友たち……。
 登場人物それぞれの日常のドラマが重なりあって、物語はすすんでゆく。

 高校生になった六平。祭りの季節になると、「くそ~山笠ン時に勉強させてから」と早弁し、悪友たちと学校を抜け出す。隣の姉ちゃんが死んだ穴見とのあいだに生まれた子どもを連れてきて、その子を「山笠の台にちょっと上げて貰えない?」と六平に頼む。姉ちゃんはすでに再婚していて、現在の夫もそばにいる。
 その夫は穴見さんのことを「聞きゃ聞くほどけば良か男ですき こいつが大きゅうなったら本当の事ばちゃんと教えます」という。
 それを聞いた六平、「この人も良か男たい」と心の中でつぶやく。
 悲しみが、祭りによって癒されてゆく。

 山笠は男の祭りである。「女性蔑視ね」と批判する同じクラスの優等生野枝由宇穂にたいし、「山笠は女が見よるけん 男が夢中で頑張るとたい」
「女がかげにまわって加勢するけん走るとたい!」と六平は反論--。

 また他校の生徒に山笠のふんどしを「野蛮」で「アナクロ」だと批判されたときも、「ばかたれが! 教会に祭っちゃるキリストはあれはふんどしば腰に巻いとるやないか!」「アナクロ アナクロていうてからのもんばやるとがおかしかごというとるが ならお前が学校でしよる勉強はなんか!? 昔からのもんやなかとか!?」と六平節がさくれつ。

 そして「相撲しよう!! 喧嘩のかわりたい!!」と勝負をいどむ。
 このときの六平の啖呵がすごい。
「男がなんかもの言うとァ体ば張るもんぜ」「福岡部出身の来島恒喜も体ば張った! 中野正剛も体ば張った! お前はどうや!?」

 作者の長谷川法世は、理屈を超越したものとして山笠を描く。
 ひとりひとりの輪郭は消え、祭りの中に溶け込んでゆく。祭りそのものがひとつの生命体であるかのようだ。

 祭りときくだけで血がさわぐ男がいる。そして男には、集団、あるいは統制された中で発する美があり、その美しい群れには理屈で否定できない強さがある。人の心のどこかにそういうものを肯定したいとする気持が眠っているのかもしれない。祭りの陶酔感は抗いがたい。だから祭りを批判する言葉は「しぇからしかー」(うるさい)の一言で粉々になってしまう。
 宗教より、もっと古くからあるような感情に、たかだか二、三年くらいひとりの人間がかんがた言葉は通用しない。でもその一方、むしろ郷六平のような「良か男」は絶滅の危機にある。男と女の関係はかわってゆく。
 そんなことをかんがえていたら、祭りのあとのような寂しい気持になった。
 なんど読んでも深い漫画だなあとおもう。

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プロフィール
荻原魚雷(おぎはら・ぎょらい)
1969年三重生まれ。フリーライター。著書に『借家と古本』(スムース文庫)、
編著に『吉行淳之介エッセイ・コレクション』(ちくま文庫)がある。
今月から晶文社ワンダーランド(http://www.shobunsha.co.jp/)でエッセイの連載
をはじめました。
# by sedoro | 2006-01-25 13:27 | 男のまんが道

早稲田の文人たち 第27回  まだ続くむだ話〈その3〉  松本八郎

●『早稲田文学』に寄稿した意外な人たち(2) 話を戻して、島崎藤村/田山花袋  

 坪内逍遥によって創刊された『早稲田文学』は、明治24(1891)年10月から同31(98)年10月まで156冊発行された(最後の1年のみが月刊で、それまで月2回の発行であった)。48号までは東京専門学校が発行所で、以降は逍遥個人の早稲田文学社が発行元となる。これを「第一次」という(今回のフリーペーパーは、第何次か知らない)。
 「第二次」『早稲田文学』は、オックスフォード、ベルリン両大学に留学して帰国した島村抱月(1871-1918)によって、明治39(1906)年1月に復刊される。当初は金尾文淵堂、後に東京堂が発行所を引き受けているが、昭和2(1927)年12月に休刊するまでの21年間に、263冊発行された。

 この「第二次」の復刊と時おなじくして、博文館から田山花袋を編集発行人とする『文章世界』が創刊される(1906年3月)。当初は実用文の指南雑誌であったが、創刊の翌年から、編集助手(のちに編輯主任)の前田晁(1879-1961、1904年英文科卒)、同館『太陽』編集者(のちに同館編輯局長)の長谷川天渓(1876-1940、1897年文学科卒)、窪田空穂(1877-1967、1904年文学科卒)らを選者とする文芸投稿雑誌となり、一方で花袋の主張する自然主義文学の牙城となっていった。

 またこの年、島崎藤村の自費出版「緑蔭叢書」第一作『破戒』が刊行される(1906年3月)。この作品は、『早稲田文学』誌上で逸早く採り上げられ、ヨーロッパの文芸思潮に通じた島村抱月によって、わが国独自の自然主義的文芸としての評価を受ける。
 自然主義文学の発端作品の、もう一つの代表作、田山花袋の『蒲団』は、翌年9月に発表されるが、この作品も『早稲田文学』の誌上合評会で高い評価を受ける。──しかし、この『蒲団』を積極的に掲載した『新小説』の編集長・後藤宙外(1866-1938、1894年文学科卒。抱月と同窓)は、自然主義が全盛になると、反自然主義の急先鋒となり、笹川臨風らと「文芸革新会」まで組織して、この文学運動を徹底糾弾しはじめる。

 そうしたこともあって「第二次」『早稲田文学』は、自然主義文学運動の拠点ともなり、藤村、花袋も『早稲田文学』に寄稿するところとなる。
 ──もっともこの「第二次」は、何も自然主義作家ばかりではなく、門戸を広く開放して、「意外な寄稿者」永井荷風や夏目漱石なども寄稿しているのだが……。

 このころの自然主義文学運動に関しては、自身も自然主義作家と見做された正宗白鳥(1879-1962、文学科、史学科、英語科に学ぶ)の、『自然主義文学盛衰史』(1948・六興出版部〈この元版は『自然主義盛衰史』という書名〉、1951・創元文庫、1954・角川文庫、2002・講談社文芸文庫)は、数ある自然主義文学に関する本のなかで、ピカイチのお勧め本。
──まあ、皆さんとっくにご存知でしょうが。

 ご存じない方は、ぜひ早稲田古本村の各店舗でお探しいただき、お読みいただきたい。

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プロフィール
松本八郎(まつもと・はちろう)
1942年、大阪生まれ。早稲田在住40年。早稲田にて出版社EDIを主宰。忘れら
れた作家たちをこつこつと掘り起こす。「EDI叢書」「サンパン」などを発行
して話題に。「sumus」の同人でもある。
EDI ホームページ http://www.edi-net.com/
# by sedoro | 2006-01-25 13:17 | 早稲田の文人たち

早稲田で読む・早稲田で飲む 第25回 変わっていく早稲田 南陀楼綾繁

 ほかの街に較べると、そのスピードは比較的ゆるやかであるとはいえ、古本屋が並ぶ早稲田通りの辺りも、時代の風を受けて変化している。それがイイとか、悪いとか云う権利は、地元の人間でないぼくには、ない。ただ、これまであったモノが無くなってしまうコトへの寂寞とした気持ちだけがある。

 先日も、なじみ深い風景の消失に立ち会うことになった。この連載の
第一回目(http://www.w-furuhon.net/wswblog/000068.html)で触れた〈戸塚苑〉だ。〈浅川書店〉の隣にある喫茶店だった。営業じたいはもうずっと前にヤメているのだが、借り手がつかないらしく、看板だけが残っていた。

この店について書いたとき、ぼくは次のように書いた。「いつの間にか閉まっていた店だから、いつの間にか再開していてもおかしくない。ちょっと期待して、いまでも早稲田に来ると、〈戸塚苑〉の看板を横目で眺めている」。そう書きながら、でもいつかは消えるんだろうな…… と覚悟していた。あの看板が見られなくなるのは寂しい。

〈戸塚苑〉の建物に新しくできたのは、ラーメン屋。しかも、いちばんキライなタイプの、いまどき流行りの「気合入ってます! スープも麺もこだわります! 作務衣着てます・バンダナ巻いてます!」系の店だ。どんな店にしようとオーナーの勝手だが、通りから店内を覗いて、なんだか
〈戸塚苑〉の想い出を汚されたような気分になった。新しく入ったのがもしも古本屋だったら、諸手を挙げて賛同し、ついでにその手を挙げたまま店内に入っていくのだけど……。

古本屋といえば、〈二朗書房〉の近くに、新しい古本屋ができていた。といっても、コレは、もともと早稲田にある〈飯島書店〉だ。明治通り寄りの場所で、1970年から営業しているが、今度、移転したのである。

飯島書店は、早稲田の古本屋には珍しく、実用本やコミック、エロ雑誌を扱う「軟派」な店だ。店の造りも変わっていて、入口は左側にあり、右側は均一本を置いて、出入りできないようにしている。右手奥にエロ雑誌コーナーがあるためだ。この辺りには、ニキビ面の早大生やサラリーマンが、なんとなく申し訳なさそうな表情で、ウロウロしている。ヒトゴトみたいに書いてますが、はい、ぼくも何度かココでエロ本を買いました。また最近のハナシだが、イラストレーターであるウチのヨメがスポーツ紙のエロイラストを描くための資料として、ココから何冊か購入している。夫婦でお世話になってます。

もちろん、買ったのはエロ雑誌だけではない。正直云って、品揃えは雑然としているが、その分、意外な掘り出し物があった。岩波書店の歴史講座や文学講座、作品社の「日本の名随筆」などのバラや、新刊割引(ゾッキ)の本を、安く買った記憶がある。ただ、大学を出て、たまにしか早稲田に来ないようになると、ほかの店を回るのが忙しく、〈飯島書店〉はスルーすることが多くなった。

移転した今度の店は広いし、本が見やすくてなかなかイイ。文学から文庫、コミックまで、いろいろ取り揃えてます、というとっつき易さがある。ちゃんとエロコーナーもある。今度は左側だけど。開店のご祝儀のツモリで、洋泉社のムック「映画秘宝」の『映画懐かし地獄70’S』と『GOGO! バカ大将』を買う。各600円。ウチに帰って、ハタと気づいたら、前者はとっくに買って、読み終えているのであった(気づけよ)。

店を出て、明治通りの方に歩くと、あれ? 元の場所にも〈飯島書店〉があるじゃないか。一瞬、デジャブに襲われた。新しい店で営業しつつ、以前の店を畳む準備をしているのだろう。今度来たときには、この建物は別の何かに変わっているかもしれない。そう考えると、なんだか惜しくなって、わずかな間だが、この景色を目に焼き付けておいた。

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プロフィール
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)
1967年、出雲市生。1986-90年、早稲田大学第一文学部に在学。現在、ライター・編集者。著書に『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、編著に「チェコのマッチラベル」(ピエブックス)がある。

▼南陀楼さんのブログ日記はこちら!
ナンダロウアヤシゲな日々  http://d.hatena.ne.jp/kawasusu
# by sedoro | 2006-01-25 13:13 | 早稲田で読む・早稲田で飲む

チンキタ本バカ道中記 ~チンさん・キタさん本好き対談~第1回 旅のはじまり 前田和彦・北村知之 

■前田 前田和彦です。えーっと、このメルマガを編集しいてる、早稲田の古書店「古書現世」若頭の向井アニキの指令によりまして、「チンの遠吠え」がリニューアルして帰ってきました。見ての通り、今回からは対談形式です。関西本バカ界の若手砲弾、いや放談をお送りしやす。しかも初回ということで拡大版なのだっ!文句あっか!!というわけで、まずは相方の紹介から。

▼北村 はじめまして。北村知之です。ええと、インターネットで、「エエジャナイカ」(http://d.hatena.ne.jp/akaheru/)という日記を書いていまして、いわゆる書物ブログの末席を汚させてもらっているという感じなのですが、それを同じはてなダイアリーで日記を公開されている向井さんが読んで下さって。そして、向井さんが、前田くんと俺が友達だということを面白がって下さり、この対談に繋がった、と。

■前田 北村さんとは、実は関西大学のボンクラ学生時代にやっていた部活での、先輩・後輩の間柄なんですよ。この間、大阪のbook&café caloというお店で開かれた、画家の林哲夫さん(http://www.geocities.jp/sumus_co/)の個展で、偶然にも再会して。しかも、その日は初日だったので、林さん率いるハイ・クオリティーな新世代書物雑誌『sumus』の盟友の御二人、本バカの聖典『関西古本赤貧道』の著者・山本”ゴッドハンド“善行さん
(http://www.geocities.jp/sumus_livres/yamamotonikki2.htm)と、僧侶・敏腕ブックハンター・詩人という三つの顔を持つ才人、扉野”ブッダハンド“良人さんも集結して、「蘊蓄斎ナイト」っていうカルピスの原液みたいな、「濃い」古本トークイベントでバッタリと!!いやあ、観客も「いかにも」な古本猛者風な男の人が多くて、どう見ても僕ら「小僧」でしたよね(笑)。

▼北村 もう、ほんまに。俺なんか、ただ、憧れと好奇心だけで、行ったようなもんやからね。場違いなんじゃないかと、隅っこで小さくなっていたところに、前田が声をかけてくれたわけです。あの時ほど、前田が大きく見えたことはないよ(笑)。「蘊蓄斎ナイト」は、林さん、山本さん、扉野
さんは、もちろん、観客もみんな、大の大人が集まって、めちゃめちゃ楽しそうなんが、印象的やったね。最近の収穫本ということで、中原中也の詩集や、森山大道の写真集を、手に取って、見せてもらえたのは、嬉しかったなあ。しかし、さすがに濃すぎて、帰りは、もうフラフラやったわ(笑)。

■前田 どうせ僕は小さいですよ(怒)。まあ、さっきも言った通り、僕や北村さんは映画研究部っていう文系部活動のど真ん中みたいな場所で大学生活やってたわけですけど、そもそも、あの文系サークルの雑居ビル自体がちょっと変な場所でしたよね(笑)。僕は元々、レコード音楽部っていう何をやってるかよくわからない部に入学式の日から入部して、一回生の中盤から授業にも出ず、ほとんどその部室にいる生活を送ってました。北村さんがいた映画研究部、通称エイケンが同じフロアでしたよね。それで、エイケンの先輩のひとりが、僕がいたレコード音楽部の先輩と友達で、よく部室に遊びに来てて。そのフロアは僕ら以外では書道部とか邦楽部とか埃くさい部が多かったから、エイケンの人とはすぐに仲良くなりましたね、異分子同士って感じで(笑)。そうするうちに、エイケンに深く関わることになって、北村さんに出会ったんです。

▼北村 最初の俺の印象とかどうやった?俺はね、初めて前田を見たときは、ついに来たか!と思ったね(笑)。意外と、周りにサブカルど真ん中な奴は、いなかったから。ついに、現れた。文系、サブカル、オタク、ボンクラ、ついでに、メガネ、貧乏、四畳半なんかを煮詰めたような男。こいつこそ、サブカルの権化、という印象やった。しかし、あの頃から、一つ言えば、三つも四つも返してくるようなところは、変わってへんな。

■前田 「貧乏、四畳半」って‥‥僕は実家在住ですよ!北村さんは背が高くて少女マンガのキャラクターみたいな痩せ方してるから「凄いカッコいい文学青年がいるなあ」と思いましたよ。けど、いわゆる文学青年っぽい無口な感じは全くなくて、公園でみんなで酔っ払った時にデカイ声出して一番はじけた時の印象が強いですね。ちゃんとしゃべれるようになったのはその時以来ですね。本の話をした憶えは全くない(笑)。

▼北村 何故かエイケン時代って中学とか高校時代に比べて読書量が減るよな。なんでかな?

■前田 元々、音楽とか映画や本について話したり情報交換出来る唯一の場、みたいな部分が大きかったのに、触れる機会とか金銭的余裕は何故か減っていって、「みんなで何かする」ことが重要になっていきましたよね。まあ「自主映画を作る」とか「上映会を運営する」ていう目標があったから、体育会系の部活でいうところの「強くなる上手くなる」とか「全国大会優勝!」みたいなノリと近かったのかもしれませんね。だから、当然、時間も金も無くなるし、ひどい奴になると留年もするという(笑)。まあ、僕らも撮影の手伝いとか機関紙制作とか‥‥色々やってましたよね。

▼北村 なんで途中で口ごもってんねん!

■前田 いや、その‥‥なんか、その、三文演技を少々。

▼北村 まあ、一応、俺との共演作もあるしな。俺の場合は、エイケンに入ってから、役者、監督と映画制作にどっぷり、というか、授業も出ずに、遊びまわってただけやけど。酔っ払って、淀川を泳いで横断して、死にかけたり、天狗を探しにいって、六甲山を徹夜で縦走して、死にかけたり。なんか、映画と、ぜんぜん関係ないな。前田は、ボンクラ学生の役やらせたら、嵌ってたなあ。思い出す限りでは、熱血漢の後輩役、常にボールを弄んでる自閉症気味の青年役、何故かベレー帽被って気取ってる役とか演ってたよな(笑)

■前田 あーなんかアタマ痛くなってきたなあ。僕、かなり「イタい奴」ですよね(泣)。もうこれ以上詳しく言うのはやめましょう。僕らが関わった作品とか調べる奴が絶対に出てくるから!

▼北村 出てくるわけないやろ!相変わらず自意識過剰やな(苦笑)

■前田 すいません(泣)。まあ、その話はともかく、今のブログ「エエジャナイカ」につながっていくような読書生活が始まったのはいつなんですか。

▼北村 俺は、父親が図書館司書で、母親が国語教師という、読書が推奨される家庭で育って。「本を読むことは正しいことだ」みたいな。中学の入学祝がちくま文学全集やったし。でも、幼かったからか、文学にはいかずに、10代は、映画ばっかり観てたな。それで、大学でエイケンに入ったわけやけど。エイケンを引退してからは多少余裕が出来るやん。だからもう一回、音
楽聴いたり映画観たり本読んだりし始めるよな。また集団行動から個人活動になるから、一番しっくり来たのが本の世界やったのかも。だからといって関大の学生街にわずかながら残ってた古本屋に足繁く通うようになったわけではないけど。

■前田 あ、凄く解ります!ウチの大学の学生街って別に「古本の魅力」を教えてくれるような環境では全くないですよね。あの谷沢永一先生や山本善行さんを輩出した大学だというのが信じられないくらいです(笑)。大阪の老舗古書店・天牛書店の江坂店は、学生街じゃなくて住宅街にあるから、「学生街の古本屋」じゃないし。牧歌的な「学生街」的エピソードは多いですけど、いろんな本を知ったりするのに良い環境かどうかは疑問ですよね。

▼北村 確かに。俺も天牛書店行く時は、何故か車を持ってる友だちに連れてってもらってたわ(笑)。学生生活の中にあるわけじゃなくて、「古本屋に行く」という非日常やったな。今、関大前には、どんな古本屋が残ってんの?

■前田 なんか、毎週『少年ジャンプ』とか『少年マガジン』の最新号を発売日に安く売ってくれるところはありますよ。おそらく店員が読み終わったものを、「古本」として安く売ってる。

▼北村 コンビニで立ち読みすりゃ済む時代に、こんな商売が成り立つのは凄いけどね(笑)。

■前田 そこはいわゆるアニメとかネットとか大好きな正統的な「オタク」っぽい子たちのサロンみたいになってる店で、なぜか駄菓子も売ってます。その裏通りには教科書販売専門の店が一軒。

▼北村 ああ、あったなあ。教科書はあそこが一括して扱ってる感じやったっけ。けど、奥の方には歴史とか思想の本もいっぱいあったよな。

■前田 そうそう!庄野潤三の単行本を買った友達が、店の親父から二時間ほどの文学講義を受けた後、庄野潤三にもらった、ファンレターの返信を見せられたという「ちょっとイイ話」は聴いたことがあるな。あと、ブックオフが出来てから、駅前にあった地元密着型の、エロ本も扱う「正しい町の古本屋」もなくなったのはちょっと衝撃でした。個人的には「学生街の景観が壊れる!」という思いを禁じえませんでした。

▼北村 大袈裟な感想やなあ。俺も大学時代は完全に新刊本屋中心やったな。神戸に住んでたから、大学までは、片道2時間弱の電車通学で、当時は辛かったけど、今思えば、あの時間があったから、学生時代に、ある程度の本が読めて良かった。大きかったのは、今は亡き三宮ブックス。阪急電車の高架下にあって、外観は普通の町の本屋やねんけど、棚がめっちゃ濃いねん。北冬書房の漫画を買ったり、幻堂出版を知ったのもここ。本屋の棚に教えられるというか、初めて、棚を見る楽しさを知ってんなあ。まあ、そんな時に、関大前にブックオフができて、それで、古本を買うようになったと。ちょうど、藤沢周平に嵌ってた時期で、文庫4、50冊を新刊で買うのは辛いから、という俗な理由やねんけど。

■前田 それから、古本に嵌っていったと?

▼北村 うん。その後、ロバート・アルトマン、村上春樹繋がりで、レイモンド・カーヴァーを読んで、短篇小説の楽しみを知ってから、がらっと読書の趣味が変わった。以前は、小説の楽しみは、ストーリーの面白さのみやと思ってたから。それから、トルーマン・カポーティ、アーウィン・ショー、ジョン・アップダイクといったニューヨーカーの作家を読むようになって。それで、翻訳者の常盤新平に繋がると。その頃、NHKの映像の世紀「それはマンハッタンから始まった」を見て、1920年代のアメリカに興味があったから、「アメリカンジャズエイジ」とか常盤新平のエッセイが、もう、面白くて。でも、もっと読みたくても、新刊本屋じゃ、どこ探しても、品切れやねん。それで、しかたなく、ブックオフに行くと、100円なんかで、あるわけ。これが、めっちゃ嬉しいねんなあ。気がついたら、もう古本の魅力に取り付かれてた。前田の場合はブックオフ行く時、一応なにか目的あって通ってたん?

■前田 あの、それに関しては、かなり長くなるんですけど‥‥話していいですか?

▼北村 じゃあ時間もないし、やめとくわ。

■前田 そんなこと言わずに聴いてくださいよ!僕、元々、サブカル少年だったから、その流れで植草甚一や江戸川乱歩は何故か読んでましたね。あと、戦前の伝説的メンズマガジン『新青年』とか渡辺温、深沢七郎『東京のプリンスたち』のことは、完全に赤田祐一編集長時代の初期『クイックジャパン』で知りましたし。そうは言っても、心斎橋の「タイムボム」とか、梅田の「WAVE」や「ソレイユ」みたいなレコード屋さんで、輸入版の変なレコードとかCD買ったりする方が楽しかったから、いわゆる「本好き」って感じではなかったと思う。

▼北村 お前、一応レコード音楽部の部長やったしなあ。

■前田 そうそう。だから近代文学専攻で大学入った時には一応、高校で習う程度の近代文学知識はありましたけど、歴史的名作と呼ばれるような作品はほとんど読破してなかったです‥‥まあ、それは今もあんまり変わっていませんが(小声)。

▼北村 え?なに?聞こえない(笑)。それで、まだ、ブックオフは出てこないの?

■前田 すいません(泣)。それで、音楽寄りのサブカル少年に「本の世界」を紹介してくれるような本はないかなって探してた時に、出会ったのが一連の坪内祐三本なんですよ。

▼北村 どんな本が出た時?

■前田 具体的には晶文社から『古くさいぞ私は』が出たり、筑摩書房の明治文学全集の編集を手がけてた頃からですかね。でも一番好きなのはリアルタイムに出会ったものじゃなくて、『シブい本』っていう97年に出た本。その中の「エッセイストになるための文庫本一〇〇冊」っていう名篇があるんですけど、この「エッセイストになるための文庫本」っていうコンセプトが本当に面白くて。個人的に「食わず嫌い」の作家の本でも、紹介され方が絶妙で凄く読みたくなるんですよ。で、新刊書店に行くんだけど、品切れになってるものも多くて、あまり手に入らないんですよ。それでブックオフに足繁く通う破目に。はっきりいって景山民夫『極楽TV』や玉村豊男『雑文王 玉村飯店』、永倉万治『星座はめぐる』とかは、こういう出会いじゃないと絶対に手に取らなかった本だったし、都築道夫『昨日のツヅキです』や山田宏一『シネ・ブラボー』を100円で見つけた時のうれしさは今でも忘れられません!

▼北村 ブックオフに辿り着くまで、エライ長い前置きやったな!その当時って(大学)何回生?

■前田 えーと、一回生とか二回生くらいですかね。まだ、部活生活真っ只中ですよ。

▼北村 そうやんなあ。で、どういうきっかけで古本屋に行き出すん?

■前田 「エッセイストになるための文庫本一〇〇冊」で知ってブックオフで100円で買って、ていうの続けてるうちに、いろんな作家の本も読むようになったわけですよね。そしたら、更にその作家が文章の中で、褒めてる作家の本を買ってみたくなって、古本屋とか古書市に通いだすわけです。例えば、「エッセイストになるための文庫本一〇〇冊」で知って好きになった作家の一人に橋本治がいるんですけど、彼がエッセイで山田風太郎『幻燈辻馬車』を絶賛していて、その影響で山田風太郎の本を集め出す、みたいな。

▼北村 なるほど。やっぱり、古本を知ると、色んな作家を知るようになるよな。しかも、知識としてではなく、純粋に読書の対象として。他には?

■前田 さっきから僕ばっかりしゃべってないですか?あとは『sumus』の「関西モダニズム」号にも凄く影響を受けた。『sumus』は京都にある関西サブカル本屋の総本山・恵文社一乗寺店で買いました。海野弘の大阪モダン建築探訪記『モダンシティ再び』は高校時代の愛読書だったから、もう「最高の雑誌だ!」と。そして坪内祐三と『sumus』をつなぐ線が林哲夫さんの『古本デッサン帖』や『古本スケッチ帖』で、それで現在に至る全てがつながる、と。

▼北村 なんかキレイにまとまったね。俺にとっても当然『sumus』はすごく大きい存在。坪内祐三『文学を探せ』で知って、初めて買ったのは、神戸の海文堂やった。あと、やっぱり『sumus』と言えば、「スムース文庫」の荻原魚雷『借家と古本』やなあ。この本こそ、ぼくらのバイブル!迷ったとき、弱ったとき、ヘコタれたときにこそ読んでほしい。

■前田 僕も何度読み返したことかわからないです。はっきりいって今の時代の「正しい男子の生き方」のヒントがいっぱい詰まってると確信してます!きっと、いわゆる「本好き」以外の若者にも凄く訴えるものがあると思います。この対談連載も「sumus」や『借家と古本』以降の本バカ生活を模索するようなものを目指したいですよね!

▼北村 かなりデカい風呂敷を広げたな。しかし先人は偉大やぞ。

■前田 いや、それでも岡崎武志さんの言うように「わたしはわたしの風邪を引く」、いや引こうとするのが本バカの心意気ってもんでしょ!というわけで次号から夜露死苦!!

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プロフィール
前田和彦(まえだ・かずひこ)
1981年大阪生まれ。『BOOKISH』編集委員を経て求職中。
小さくてすぐ興奮する様から犬の「狆(ちん)」を連想させるために
「大阪の狆」の異名を持つ(南陀楼綾繁氏命名)。
狆についてはこちら。http://www.dogfan.jp/zukan/japanese/chin/

北村知之(きたむら・ともゆき)
1980年神戸生まれ、神戸在住、絶賛求職中の25歳、ダラダラとアルバイト
しながら本を読む日々、ハローワークと古本屋通いが日課。好きな作家は
山口瞳、野呂邦暢、藤沢周平。
ブログ日記「エエジャナイカ」http://d.hatena.ne.jp/akaheru/
# by sedoro | 2006-01-22 17:55 | チンキタ本バカ道中記